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神隠し

近隣で山菜取りのおばあさんが行方知らずとなっている。
山で道に迷ってのことだろうが山の神様の仕業とのうわさも広まっている。
先日、5/10に封切りになった“WOOD JOB”を観てきた。三浦しをん原作の「神去なあなあ日常」を映画化したものでウオーターボーイズの矢口史靖監督が就職先のない都会の若者が軽い気持ちで三重の山奥にある林業家へ身を預け恋心を糧に田舎の生活の佳さを体得してゆく姿をコミカルに描いたものである(映画と原作は大部イメージが違うが)。

どうも古臭くていけないが、神去山で大祭があり神域に子供が入り込み行方不明になった。山の神が誘って連れ去ったのを無心の若者が連れかえり村に同化した内容だ。ここに出てくる神様は白いきれいな手をおもちで子供も、助けに行った若者も神域に誘われていった。”神隠し”は神聖な山を敬う昔の知恵だったのだろうと思いをめぐらす。

さて、私にとって筋書きはどうでもよいのだが、映画シーンの中に枝打ち作業、種取りのための大木へのぼる姿、助演の伊籐英明がご神木を伐倒するシーンは見応えがあった。一見の価値ありである。

今ちょうどベストセラ~となっている“里山資本主義(NHK)”なる本を読んでいるが地方の山村でペレットボイラーで生活の価値観を全村で変えた内容の本である。地方での資本価値の大変換は想像するだけで楽しくなる。こんな世相をよそにここ伊豆の地の住民はどんな意識かなあと振り返る。

(徳間文庫 カバーを掲載させていただいた)

が、しかしである。この映画を一緒に見た館内の人を数えると
な、なんと・・7人だった。いっぱいの映画館で観賞後、少しは森林づくりに参画してくれそうな人に声をかけようと思ったが意思消沈してしまった。

前評判のわりには地方のせいか都会人の自然に対する意識とは隔世の感があることに気付く。

今後、この伊豆の地で森林づくり活動を続けるには「地道に、焦らずじっくり」がよいのか大体的な打ち上げ花火をあげるのかが思案どころだがよそ者の私には前者が選択業かなと思っている。

 森林づくり伊豆の会
川合正恭

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